不動産業界のIT化とは

 不動産業の生産性向上が捗々しくないため、IT化が巷では叫ばれています。不動産業界のIT化「不動産テック」を実現して業界の近代化を図ろうとするのだそうです。つまりIT化により不動産業を「近代化する」必要があり、IT化の流れに乗り遅れれば、不動産業が時代遅れの業界になるのだそうです。

 しかし、果たしてそうでしょうか。まずIT化するには事務作業の標準化が欠かせませんし、事務作業を徹底して省力化しなければなりません。IT化とは「無人化」だという観念すらあるくらいですから、省力化は避けられません。しかし不動産業は理髪業などと同じで、人と対面して行う仕事でもあります。それは一つ一つの不動産が個性的ですべて異なり、工業製品として大量生産することが出来ない極めて特殊な業界だからです。不動産物件が工業製品のように規格化された商品でないため、一つ一つの不動産物件を「定型化」することは困難です。不動産物件を一定のフォーマット化して物件説明から売買契約までの作業をITプログラムに組み込むのは極めて国難ではないでしょうか。

 それは医師や理髪師の業界と酷似しています。理髪店が「全自動化ロボット理髪職人」を店内に設置して、個々人の顧客の頭髪を刈るのは困難なのは明らかです。IT化の今日ですら「全自動理髪機」はありません。それは個々人の頭の形や頭髪の癖がすべて個性的で異なるため、「定型化」したロボットで頭髪を散髪することは出来ないからではないでしょうか。しかも人の頭髪をロボットに刈らせるのは危険だと誰でも考えるところです。不動産業もそれと同様ではないでしょうか。

 一つ一つの不動産はすべて個性的であって、同じ分譲地内であってもここの分譲地はすべて異なります。いや同じマンションであっても階数や方角によって物件は個々で異なり販売価格も異なります。個性的な不動産物件を定型化しIT化することは困難を伴いますし、重説が対面での説明を求めている意義もそこにあるのではないでしょうか。ネットで重説をしても良い、とした改正法に対して異議を唱えなければなりません。 不動産物件の現地説明を省略できないのも、リモート説明では不動産が所在する周辺環境や不動産そのものの特性まで理解するのは困難だからではないでしょうか。モニターに映る家屋物件ですら撮影角度によって微妙に変化するし、周辺環境を余すことなく説明するのは困難です。たとえば風の吹き具合や木々のそよぎや地域の雰囲気などはリモートでの説明では分かりません。

 不動産業のIT化や対面説明の省略を声高に唱えているのは「全国展開」の大手業者に見られるようです。大手業者はネットやテレビなどの宣伝媒体で広範囲・不特定多数の顧客に不動産情報を宣伝するため、すべての地域に営業所を設置して対面説明するわけにはいかない、という事情もあるのでしょう。だが都道府県を跨いで事業を行う場合は国交省免許の取得が義務付けられていますし、営業所や事業所一ヶ所につき必ず一人以上(従業員五人に一人の割合以上で)の宅建取引士の設置保義務付けています。それも対人説明の必要性から設けられた規定ではないでしょうか。

 IT化は誰の為なのか、ということを考えなければなりません。IT化を図るために対人説明を省く、というのは顧客サービスに逆行するのではないでしょうか。むしろ顧客に対して重説は必ず宅建取引士が対面して行う、という基本線を崩してはならないのではないでしょうか。しかし広範囲に事業を行う大手不動産業者や万色業者などが全国各地に営業所や事業窓口を設置するのは経営経費面で問題がある、というのであれば、当該地域の不動産業者と提携して販売事業を行うのはどうでしょうか。地元業者が不動産業者の専門家として重説を請け負う、という制度を設けてはどうでしょうか。

 不動産事業をIT化するという要請から、対面説明を省いてリモートで行うのは感心できません。契約の締結に関してはさすがに対面で行うように国交省でも指導しているようですが、リモート押印などを採り入れてリモート契約も可とする議論もあるようです。しかし不動産事業の集約化や大規模化を目指す大手不動産業者の言い分だけを聞くのでは業界の信頼を損ないかねないのではないでしょうか。不動産業は理髪業と同様に一人の顧客に対して、一人の不動産取引士が真摯に対応して説明するしかないと思います。不動産事業のIT化とはリモートによる対面説明を省くことではなく、行政に設けられている様々な規制を分かり易く統一することではないでしょうか。たとえば農地法関係の取り扱いで地方自治体により差異があることや、登記簿謄本を見ただけでは、その不動産の所有者が何処の誰か解らないケースを解消することなど、行政や国のさらなる制度改革が必要ではないかと思います。

2022年05月01日