不動産売買の重要事項説明が、2021年4月から本格的にオンラインで実施できるようになりました。ITを活用して行う「IT重説」が普通になれば、不動産業者も今後は顧客から非対面取引を要求された時に「オンライン化には対応できません」と言えなくなるでしょう。
今年5月にデジタル改革関連法が成立したことで、書面の電子化に向けた申請書類の準備も始まります。不動産取引でオンライン取引が急速に普及することになるでしょう。
重説のオンライン化については既に2017年10月から一部解禁とされていました。それはIT系企業が中心となって設立された経済団体「新経済連盟」(代表理事・三木谷浩史・楽天グループ会長兼社長)が、テレビ会議システムなどのITを活用して重説を行う「IT重説」を試験的に実施し、国土交通省では、賃貸借契約に限定してIT重説に関する約2年間の社会実験を経て解禁としていました。
次に売買取引での「IT重説」の導入は、法人間では2015年8月から、個人間では2019年10月から社会実験が始まっていて、宅地建物取引業者(以下、宅建業者)は、国交省に届け出て登録すればIT重説を行うことは可能でした。しかしその試験期間の登録事業者数は約850社てしかなく、実施件数は5年間で約2300件にとどまっていました。
2021年4月から国交省が定めた「IT重説実施マニュアル」に基づいて、どの宅建業者でもIT重説を自由に行えるようになりました。今後「脱ハンコ」を実現するデジタル改革関連法が施行されると、書面交付も電子化できるようになりますので、宅建業者もオンライン取引の環境整備に本腰を入れて取り組むことになるでしょう。
ITを活用して重要事項説明を行う「IT重説」では、さまざまな書類を画面上に映し出しながら説明を行うので、画面の小さいスマートフォンではなく、パソコンやタブレットの利用が推奨されています。今回のコロナ禍で、日本でもパソコンで利用できる汎用タイプのテレビ会議システムが普及して、IT重説を利用しやい環境が整って来たようです。
社会実験が始まった当初は、IT重説向けの専用システムが多く登場しましたが、リモート・ワークで会議システムとしてZoomやGoogle Meetが頻繁に使われるようになり、社会に広く普及したことから不動産業界もリモート・ワーク化を推進せざるを得なくなっています。どのシステムが最終的に用いられるようになるのかは分かりませんが、国交省などで利用されているMicrosoft
Teamsや、電話営業システムとして実績のあるベルフェイスなども採用されているようです。
国交省の定めたIT重説の実施マニュアルでは、宅建業者には相手方のIT環境の事前確認が求められていますので、IT重説を選択した時点で、テレビ会議システムなどをつないで事前に問題がないかどうかを確認しておく必要があります。
具体的なIT重説を利用した取引ではテレビ会議システムを立ち上げたあと、最初に画面越しに宅建士の本人確認を行います。顔写真付きの宅建士証をカメラにかざし、重説の説明者と顔が一致していること、事前に送付された重説書類に記名押印している宅建士と名前が一致していることを確認します。
次に、重説の相手方である買主が契約当事者本人であることを確認します。運転免許証、マイナンバーカード、社員証など、顔写真付きの公的身分証明書や第三者が発行した身分証をカメラにかざして、宅建士に確認してもらうことになります。
もちろん後日のトラブル防止のために「IT重説の録画・録音は有効と考えられる」と、国交省の実施マニュアルにも明記されています。ただし、録画・録音の利用目的を明確にし、IT重説の参加者の了解を得たうえで、記録改ざんを防止するために参加者全員がそれぞれに録画・録音することが望ましいでしょう。また個人情報保護の観点から、売主や貸主などの個人情報が含まれる部分は録画・録音を中断するなどの対応も必要となります。
本人確認と録画・録音対応を行えば、画面越しに相手の顔を見ながら、重説書類などを画面共有して説明を受けます。最近では重説で伝えなければならない情報量が増えて、所要時間が2時間程度と長丁場になるので、重説実施の日程が調整しやすく、移動の負担が軽減できるなど、IT重説のほうが使い勝手が良いため、ニーズは高まっていくでしょう。
ただIT重説は解禁されましたが、現時点では紙の書面交付は行わなければなりません。デジタル改革関連法案が5月に成立したので、1年以内をめどに宅建業法でも押印が廃止され、電子書面の交付だけで済むようになることが期待されますが、それまでは記名押印した書面の交付が義務付けられています。
宅建業者は、IT重説を行う日時を決めたら、その5日ぐらい前には重説書面を作成して、宅建士が記名押印し、そのほかの関係書類も同封して、買主に郵送します。買主はIT重説が終了したあとに、重説の書面に記名押印して宅建業者に返送してIT重説が終了したことになります。
この書面交付作業が大変なので、IT重説に対応してこなかった宅建業者も多かったと言われています。しかし今後法改正などにより電子書面の交付が可能になれば、IT重説を行う当日に電子書面をネットで送付すれば済むようになるので、大幅に効率化が図られるでしょう。
さらに弁護士ドットコムによると、電子署名サービス「クラウドサイン」は、宅建業者が利用契約(月額固定費1万円、1契約当たり送信費用200円)を結べば、宅建業者から電子書面を送付される買主や売主もサービスを利用できます。不動産の非対面取引が普及すれば、そうした電子取引を保証する企業も多く登場してくると思われます。ただハッキングや成りすましの横行する社会で、不動産取引が速やかに電子取引に移行するとも思えないのは「古い人間」だからなのでしょうか。